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フィリピンで日本の環境

日頃此方に在住の日本人の方と接する機会が多いので、日本語で話すことにはストレスが無いのであるが、ここのところフィリピンの地元のお客様が増え始めている。
店の作りがカウンター中心で初めは戸惑うようであるが、最近はカウンターに好んで座るお客さんもいる。

カウンターに座ると嫌でも目に入る日本のTV放送、日本の番組をジーっと見入るように視ているフィリピンの方たちはどう思っているのであろう・・・・
そもそもカウンターに座って食事兼飲酒という風習には、慣れていないフィリピンの人達であるが、その雰囲気は伝わるであろうと思われる。

そういう意味ではテーブル席でもカップルだと隣り合わせで座ることが普通のフィリピンの人達に取ってはカウンター席は格好の場所であると勝手にに思う私ではあるが、フィリピンのお店でカウンターに陣取って飲み食いするような店を見たことがない、バーカウンター的なイメージがあるのだろうな・・・・

最近ドラマで放送していた「深夜食堂」という番組をよく思い出すが、カウンター中心で思い出の食べ物と共に人間模様が繰り広げられるドラマである。
あのような雰囲気に持っていければ良いと思うのだが、ここは外国、しかもアジアでも英語を話す国民であるため、このカウンター席をどう受け止めているかはご本人でなければ判らない。



ニラレバ炒めとレバニラ炒め、何処が違うのかということだが、このような会話が毎日カウンターで繰り広げられている。
そういう意味では個人の私生活などを話しながら、周りの人達はその話題で盛り上がる、これが日本の居酒屋のスタイルなのか、要は我々はそういう場所を提供するという役割なのかという気もする。

 
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誘われて・・・・

The Slum



先日お客さんに誘われて、所謂ローカルのKTVと呼ばれる場所に飲みに行ってきた。
ここに住みだして忘れるほど時間が経つが、その間何度その手の店に行ったかは数えきれない。
しかし感じたことは、今も昔も変わりないというのは、そこで働く女性たちの生活感である。

若い女性がお客さんの接待役として同席する訳だが、彼女らのお決まり文句は、
「一杯頂いてもいいですか?」
ということからスタートする。

その後は店によっては彼女らの飲み物が無くなると自動的にボーイが追加で持ってくる店もあるし、
もう一本ずついいですかと聞いてく店もある。

よくよく聞いてみると彼女たちのその日の稼ぎはお客さんから自分に提供される飲み物のコミッションだけなのである。
それでは必死で飲み物を飲み干す訳である。
若い女性がそれほど必死で店に出てきて稼ごうとする理由は、大概が子持ちのシングルマザーが多いからである。

話の中で子供のミルク代がないからとか、住まいの家賃が払えないとか、電気代が払えないとか、様々な世間話をしながら酒を飲むわけであるが、フィリピンという国にいない頃、日本にいるころの話であるが、今考えると同じような内容の話をしながらフィリピーナと飲んでいたような気がする。

他に選択肢がない場合、私は思うに皆目先のお金欲しさに、というより必要に迫られて稼ぎに出る、これは普通の人間であれば当たり前のことであろう。
ただ、今ここで国政の話をしても仕方ない、つまりは話題にも上らないほどの諦めと、今の暮らしが切羽詰っている状態ということなのだろう。

楽しみで行っているKTVでまさか、電気代や彼女たちの子供のミルク代の話を聞きながら酒を飲もうとは思わないが、現地の言葉タガログ語を理解できるということは、そういうことなのだと改めて実感した次第である。
兎に角想像を絶した貧しさとの隣り合わせの人生、正にそこにこそフィリピンの貧困層の実態がある気がしてならない。

我々外国人がその深い悪循環の渦に踏み込んだとしても、どうしてみようもないのも現実であるし、その席だけの繕った楽しさを満喫する方が無難なのだと改めて感じた日でもあった。
今から25年前に初めてフィリピンに来た時と今の状況は何ら変わりないのではなかろうか・・・・

考えてみればここ10年以上そうした店に好んで行かなくなったのは、そういう現状を目の当たりにしながら飲むのが嫌になったという潜在意識が働いたせいなのかもしれない。
又暫くそうした店には足を運ぶことが無くなりそうである、というのはフィリピンの庶民を決して見下す訳ではないが、そこに拘わったら自分の器量ではどうしようもない世界がそこにあるからなのかもしれない。






 

血は水よりも濃い

以前から感じることであるが、フィリピンのライフ・スタイルについてである。
婚姻関係にある夫婦、勿論普通の人はある程度の年齢になると伴侶を持つことになるが、
生活を共にするパートナーは女性であれば夫、男性であれば妻ということになるが、稀に相手が同性の場合もある。
それはさておき結婚生活の中で結婚相手に対する考え方であるが、血縁者とは一線を引く関係のようである。

例えば娘に夫がいるとする。その夫は娘の夫であり自分のファミリーの血縁者には成り得ないというのが実感である。
タガログ語で家族側から使う言葉で娘の亭主や息子の嫁は「Manugang 」
この言葉の意味合いは日本のように単に義理の息子とか義理の娘とかという言葉とは大きな意味あいの違いがある気がする。これが他人の立場からの呼び名となると、息子の嫁であれば「Hipag」、娘の婿は「Bayaw」として表現される。

フィリピン人との会話の中で話題なるのは、「私の娘は日本人と結婚して今日本にいる、結婚相手の名前はSuzukiという名前だが知っているか?」という質問を受けることがある。
苦笑いしながらその場の対応に困る場面でもあるが、彼らにとってはSuzukiというのは一般的な姓だという意識はない。
自分の「Manugang 」がSuzukiという姓ならそれで日本人は皆知っていかの如く質問してくる。

話は逸れたが例えば相手が外国人であろうがフィリピン人であろうが、娘の亭主はあくまでも「Manugang」であり、そこの娘の嫁ぎ先に行った際でも、一番偉いのは親だという風潮があるようである。
婿や嫁の立場から義理の親の呼ぶ名称は「ベナン」という言葉があるが、綴りが判らないのでカタカナで書いた。

何れにしてもフィリピンでは妻を娶ろうが夫を持とうが、血の繋がりの意識は強く、一生亡くなるまでその繋がりは消えない。 職場に務めていても、親が病気になったりすると一大事とばかり職場を放棄して向かう場合もあり、その為には仕事を失っても駆けつける場面も多く見受けられる。

ところがこれが自分の夫や嫁となると、これは又違うようで、その場合は結婚相手の家族に依存する場合が多いというのがここフィリピンのスタイルのようである。
よく耳にするのはフィリピン人の妻を持った方が愚痴をこぼす場合がある。

「いつも家族のことばかり気にして、家のことより優先だ!」
という言葉を聞くことがあるが、これが自分の血縁となる子供に関してのこととなると、最優先になるが、夫や妻という話になると、血縁より後回しになるというのが多いように思われる。

それがフィリピンの大家族主義と言われる所以なのかもしれないが、一族郎党(亭主や妻は抜き)に囲まれて一生を終えるのがここの国のライフスタイルなのかもしれない。
そうではないと思われる方もいらっしゃるかも知れないが、これはあくまでも、私の主観であって全く違う立場の方もいらっしゃると思う。





 

日本との繋がり

ここのところ日本の食材が容易に手に入るようになった。
飲食店を始めた当初はこちらで材料を求めるのに苦労したものであるが、現在では手に入らないものは無いぐらい充実している。

フィリピン関連の人たちで、担ぎ屋さんという商売をしている人達がいる。 彼らは週に2~3度日本に仕入れに行く。
この商売がリーガルかイリーガルなのかという話は別として、日本の食材やら必要な物を運んでもらうには非常に重宝である。

この手の担ぎ屋さんがこちらに住む邦人にとっては、今では無くてはならない存在になりつつあるのも事実かもしれない。
彼らが日本に行くまでの間に必要な物をオーダーしておく、そうすると例えばハマチの刺身用の一本物が欲しいとなると、彼らは日本の築地の御用達の市場に注文し、当日の午後にはフィリピンに到着している。

昔の事情から考えると大違いに便利になったものである。
先日も真鱈の白子が旬であるという時期に注文したが、日本の品質そのままであるから、メニューに加えたのを見たお客さんも驚いたようである。

ここ最近注文して好評だったのは日本のフルーツである。
イチゴから始まり、桃や柿葡萄などを注文したことがあるが、入ったその日に完売になるほどの人気であった。
確かにフィリピンも新鮮なフルーツが沢山有り美味しい物も沢山ある、しかし日本のフルーツの場合それが出てきたから季節を感じるという役割もある気がする。

食材だけではなく、小物の部品やらパーツ類、小型の家電品や書類まで運んできてくれる。
昔からフィリピンに住んでおられる方は知っていると思うが、今から20年前と比較すると雲泥の差である。
しかしこの商売。彼らも空港での葛藤はあるようで、輸入の禁制品や薬物に関する規制などもあるために、かなりシビアな状況でそこをいかにクリアするかが最重要のポイントのようである。

そもそも「担ぎ屋」という商売は昔からあった商売であり、山間地や離島に食料や生活必需品を担いで供給していた人たちもいたそうである。
因みに「担ぎ屋」という言葉には他にも意味があるようである。
1 縁起をひどく気にする人。御幣(ごへい)かつぎ。
2 人をだますのを得意にしている人。
3 食料などを生産地から担いで来て売る人。特に第二次大戦後、闇物資を地方から都市へひそかに運んで売った人。

我々が利用しているのはもちろん3番目の人達である。






 

フィリピン料理と店名

inasal-logo.jpg

別にこのJollibeeのグループの「Mang Inasal」の宣伝をしている訳だはない、最近このFC店がどこのモールでも出店しており、ここの売りは「Unlimited Rice」要するにご飯のお代わりし放題という物である。
この「Mang Imasal」という名称であるが、元々イナサールという名称は、バコロド風の炙りチキンのこと呼ぶ訳であるが、決して店の名前ではない。
したがって「Mang Inasal」という言うのは「おじさんの焼き鳥」という名前の店である訳だが、Inasalと言えばこの店というイメージが強いが、料理の名前に「Mang」が付いたこのFC店の勢いは強い。

そもそも此方では自分の名前を店の名前にするケースが多い。
例えば「Kusina ni・・・・」とか「Alen・・・」などというネーミングが多い。
前者は「・・・の台所」、後者は「・・・オバさん」という意味なのだが、それがそのまま店名になっている。
allpurpose.jpg

元々あったレチョンで有名な「Mang Tomas」というのがあったが、現在ではここのレチョンソースが有名スーパーマーケットなどでも売られているが、元々は「トーマスおじさん」という意味なのだろう。

オバさんやオジさんだけでは何の料理かわからないが、そういう意味では「Inasal」は一発で鶏肉だと解るので、そういう意味では良いネーミングなのではなかろうか・・・・。
その他にもそれと似たネーミングは沢山あるが、一定しているのは料理の名前かオジさん、オバさん、台所と言った名前が殆どである。




 
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