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ふと感じた疑問

タガログ語でPuntaという言葉がある。
これは一般的には行くという言葉になるが、時に日本語の少し話せるフィリピン人と会話していると、「Pumunta ka sa Pilipinas?」あなたはフィリピンに行くの?となる。

直訳だとあなたはフィリピンに行くの?という解釈になるが、タガログ語では来るという言葉は「dumating」という言葉になるが、これは到着という意味で使う。

したがって来るとか来なさいとかという言葉は全てが我々が解釈する、行く(punta)という言葉が基本となる。
このPuntaという言葉の後に来る主語の違いで行くと来るの違いを分ける。
例えばpupunta ka ditoという言い回しだと、此方に来なさいとなる。
逆にpumnta ako dianという言い回しだとそちらに行きますとなるようである。

今更になってやっと理解したのだが、日本人が普通に使っている、来るという言葉はタガログ語では色分けされていないことになる。
良く耳にする片言の日本語で「あなた行くするの?」などという言葉を使うフィリピン人が多いが、タガログ語の語彙の少なさからすると、それも日本語を使うという意味じゃ満更間違っていない使い方なのである。

別にタガログ語講座をやっている訳ではないが、たった今TVで放送していた内容が、現在の報道で使う言語をタガログ語を使うというのが現政権の方針らしいが、ニュースキャスターなどがタガログ語表現しようとすると、足りない言葉が有り過ぎて、100%の表現が出来ないとのことである。

以前の政権ではTVの報道は英語でしていた時期もあったが、それだと英語を習っていない庶民も沢山おり、理解できない人も多いそうである。それでタガログ語の表現に替えたとのことであるが、今度はその語彙の少なさで英語を混じえざるを得ないそうである。
















 
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フィリピン料理と店名

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別にこのJollibeeのグループの「Mang Inasal」の宣伝をしている訳だはない、最近このFC店がどこのモールでも出店しており、ここの売りは「Unlimited Rice」要するにご飯のお代わりし放題という物である。
この「Mang Imasal」という名称であるが、元々イナサールという名称は、バコロド風の炙りチキンのこと呼ぶ訳であるが、決して店の名前ではない。
したがって「Mang Inasal」という言うのは「おじさんの焼き鳥」という名前の店である訳だが、Inasalと言えばこの店というイメージが強いが、料理の名前に「Mang」が付いたこのFC店の勢いは強い。

そもそも此方では自分の名前を店の名前にするケースが多い。
例えば「Kusina ni・・・・」とか「Alen・・・」などというネーミングが多い。
前者は「・・・の台所」、後者は「・・・オバさん」という意味なのだが、それがそのまま店名になっている。
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元々あったレチョンで有名な「Mang Tomas」というのがあったが、現在ではここのレチョンソースが有名スーパーマーケットなどでも売られているが、元々は「トーマスおじさん」という意味なのだろう。

オバさんやオジさんだけでは何の料理かわからないが、そういう意味では「Inasal」は一発で鶏肉だと解るので、そういう意味では良いネーミングなのではなかろうか・・・・。
その他にもそれと似たネーミングは沢山あるが、一定しているのは料理の名前かオジさん、オバさん、台所と言った名前が殆どである。




 

何かがおかしい

本日は娘の幼稚園のプログラムとやらで、土曜日にもかかわらず、登校日になっているそうだが、そのプログラムのテーマがこのマラソン選手の出で立ちを用意していてくれということである。
そもそもこの選手を知っている人がどれだけ居るのだろう。

誰がどうやってこの選手のをテーマにしたのかは分からないが、そのプログラムの選手の名前を見た時に子供の連絡帳を見ていたカミさんが、「これ誰?ネットで調べて見て」と言ったので調べてみた。
まだ5歳の幼稚園児のプログラムのテーマが、10年以上前のオリンピック出場の、しかもケニアの女子マラソン選手?何かがおかしい・・・・。
  ↓  ↓
テグラ・ロルーペ

いったいフィリピン人の何%がこの選手を知っているのだろう。そもそもフィリピンと言う国の文化でマラソンそのものに興味があるかどうかも疑問であるが、それ以前にインターネット環境のない家庭ではどうやって調べるのだろう・・・。

親はこれを聞いた時にどういう反応を示すのか、私のように疑問を持つのであろうか、それとも先生がそう言っているのだから、必死でその選手の出で立ちを調べるのであろうか・・・・・
思うに幼稚園児にこんな的外れのテーマを与える側もそうであるが、的外れの教育体系を何とも思わずに受け入れる親も親である。

しかもこの手の衣装は無ければ買わなくてはいけない、そんなものは何処へ買いに行けばいいかさえも想像もつかない・・・。
娘の通うこの学校は幼稚園からハイスクールまで一貫して事業として行っているプライベートスクールだが、来年から小学生になる娘の学校を替える決心をした出来事である。
因みに宿題も偶に見るのだが、足し算も引き算もその理屈も教えずに、いきなり数式で宿題を出してきたのを見た時に既に開いた口が塞がらなかった。








台風の影響で続いた長雨であったが、漸く収まった。
その長雨の最中の冠水の様子である。



 

更に水害です

本日の近所の様子だが、更に水嵩が増した。
何時までこの雨は続くのか、台風は北上したようだが、元々直撃では無く台湾に向かっていた台風、その巻き込んだ雨雲がルソン島にかかった大雨である。

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また雨が降って来たが、今回の雨は前回直撃した台風「オンドイ」より雨の被害は大きいだろう。
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こうした背の高い車は比較的水があっても走り抜けるが、低い乗用タイプの車はエンジンストップしたらそのままそこで立ち往生になるだろう。
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風が吹くと桶屋が儲かる、フィリピンでは「風が吹くと質屋が儲かる」とでも言うのだろうか・・・
日銭を稼ぐ商売の人や日払いの職場の人達は現金収入が途絶える、当面の食料を買う為の質屋通いである。

フィリピンの質屋はやはり日本の質屋と同じで、庶民にとっては生活と密着しており、花より団子、物より食料優先である、当然のことではあるが・・・。
先程近所の市場に行ってきたが、野菜や魚は皆無に近い、卸業者が配達ができないのであろう。
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此処の場所は昨日から冠水していたが、室内にも水が入っているだろう、どうやって寝たのかな・・・
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休校になっているために娘もポンチョに長靴姿で・・・
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台風ではないが・・・

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台湾に向かっている熱帯性低気圧 TRAMI (Maring/12W) だが、フィリピンは雨の被害。
近所の冠水の様子。

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心配されるのは漏電による停電、冠水による感染症、取り敢えず我が家は床上には浸水していないが、周りはこの通り。


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学校は全て休校、職場も辿りつけない人が多いようである。
風が吹くと桶屋が儲かるではないが、ここでは車の修理屋さんが雨がやんだ後に大忙しになるだろう。


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道路は川代わりになっている。
それにしてもまだ止まない雨、どうなってしまうのだろう。

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災害は防ぎ用が無いが、せめて事前に注意を促すことぐらいはして欲しいな、フィリピンの報道関係も・・・被害の状況ではなく事前の情報、これが足りない気がする。

もっとも今朝からCATVは落ちて映らないし、周りの状況しか知らないが、かろうじてインターネットは繋がっているが・・・これもいつまで持つのか・・・・
 

タガイタイにて

昨日店の定休日ということも有り、知人の住むタガイタイへ・・
我々は話に花が咲きそこに酒も加わり時間が幾らあっても足りない。

その間に同行したカミさんと娘はタガイタイに来る人はたいてい訪れるというピクニックグローブへ、その時にカミさんが携帯電話を使って写した写真である。

今の携帯電話は侮れない、画質こそデジタルカメラに劣るが、その場の雰囲気は十分に伝わる。
久しぶりの休みを有意義に過ごした日であった。


ピクニックグローブ側から見るタール湖
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お土産店の前にて
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このデジブックの写真も携帯電話の写真であるが、自宅の裏にある食堂の様子と、タガイタイのカンティーンの様子である
 

日々・フィリピンにて・・・

日本風もフィリピン風もとにかく材料は現地調達


仕事場と家の往復の日々であるが、雨や台風の日もある。これはどこに住んでいようが同じ事だが、大きく変わるのはやはり食べ物である。

自分自身はフィリピンの食べ物は何の苦もなく普通に食べるが、中には日本風の食事じゃないと駄目だという邦人の方もいらっしゃる。

最近は豆腐やラーメンの麺、鯛焼き、大福餅まで日本人の方が作るものが手に入る。日本風の調味料は日本食品店ではもちろんのことだが、韓国食料品店でも日本人を意識してなのか、それとも自分達も日本の調味料が好きなのか、とにかく身近でも手に入るようになった。

大手スーパーなどでも醤油や味噌、カップラーメンといった小物まで常時置いてあるし、調味料はともかくとして野菜などの生鮮ものは今から10年前に最初に店を始めた頃から比べると天地の差と言えるほど品質も良くなっている。

現在はフィリピンでも日本食ブームということもあるが、食べ物には国境が無くなったという人もいるが、まだまだ庶民は日本食など食べたことがない人も多いだろう。

同じ材料を使う筈であるが、調理の手法を変えるだけで日本風にもなるし、フィリピン風にもなる。果物だけはさすがに桃や梨は売っているには売っているが、探さないと買えない状況である。

現地で採れる果物は南国特有の物が多く、一年中果物が採れるこの国では、バナナやパイナップルなどはご飯のおかずとしても食べる場合が有るようである。


思いついた時に写した近所の空


空など見上げたことなどなかった日本生活の頃であるが、知人が書くブログのせいでもあるが、ここでは頓に空を見上げる回数が多くなったような気がする。
日々天候が変わるフィリピンでもあるが、果たして現地の人は空を見上げて雨が近いとか、風が吹くとか気にすることはあるのだろうか・・・・。

毎日フィリピン人に囲まれて暮らしているが、彼らは事前に天気を気にする場面は未だに見たことがない。雨が降った段階で台風だからとと言うだけで、先の予測をするのは苦手な人が多いようである。

そういう今も大型の台風 UTOR (Labuyo)が近づいているが、何時何処へ上陸するのかなどという話題は私の周りでは全く出ない。TVでは盛んに台風のニュースは流しているが、一般の人達は明日は子供の学校が休校になるのかでさえ気にしていないようである。

まあ何事もその場になってから考える気質の人達、それに依って被害が出ることなどは心配もしていないようであるし、被害が出たらそこを修復しようとする動きも緩慢そのものであるが、私自身が焦って台風の為の戸締りの用心を考えても仕方のないことに気付く自分である。

 

ニラレバかレバニラか?カレーライスかライスカレーか?

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昨夜お客さんとの談話でこんな話が出た。レバニラ炒めを注文したお客さんが、レバニラ炒めとニラレバ炒めのどちらが本当なの?という話題からである。

まあどちらでも意味は解るが、注文取りに行くウェイトレス達に店で使う用語には注意しなければならない。日本人常連客の多くはメニューを見ないで注文する場合が多い。

レバニラとメニューに書いてあれば、注文を受けるウェイトレスはニラレバと言われると、戸惑うことになる。それと同じなのが、カレーライスとライスカレー、ここ最近はライスカレーという方が少ないが、年代に依ってはライスカレーという方もいる。
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注文してくるお客さんもここはフィリピンでフィリピン人が注文取りに来ていることことなど忘れてしまうのだろう。それだけ日本にいるのと変わりがない雰囲気を醸しだしているという事ならば喜ばしいことであるが・・・

勘定を済ませることが、御愛想、水はお冷、日本では当たり前に使われる言葉であるが、此方で日本人の方が勘定を済ませたい場合は手で四角を作って合図するのは、まず最初に覚えるようである。








 

サバイバルBFHOMES事情

当店の有るBFホームスという場所であるが、現在日本食を出すレストランが20店舗を超す。
韓国レストランとなると数えるのが困難になるほどの数である。
その他いアイリッシュ、イタリアン、中華、タイ、シンガポール、ベトナム、各国の料理店が犇めき合う。
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果たしてここのBFホームスという場所はどういうところなのか・・・。
私自身もこの住宅地か商用都市なのか分からない地域で合計で5年間の商売を続けている。
ビレッジとしては東洋一の面積を誇るとのことだが、最近ではメイン道路は商用地域、そこから入った箇所に住居用のビレッジがあるという形になっている。
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需要があるから店舗を次々と作る、新規開店も多いが、閉店していく店もある。
マニラ市やマカティ市なども新規開店する店、閉店していく店というのは変わりがないであろうが、このBFホームスに関しては、新規開店したはいいが、一年以内に残る店は2割の割合だそうである。

それでも次々と店舗を開店させるだけの何かがこの地区には有るのだろう。
私自信はこの地域の事を全て理解しているわけではないが、現在の店でここに居を構えて彼是2年が経とうとしている。

今から8年前になるだろうか、始めてこの地区に店を出したのは・・・。
その頃はまだ俗にいう水道がこの地域にはなく名ばかりのBFウォーターはあったが、飲料水以外の水は一般的にはデリバリーで供給し、飲料水は他の地域と同じく別途で用意していた。

この巨大な商業兼住宅地域が水の供給に遅れを取っていたのには、何か複雑な事情があったに違いないが、漸く現在は何の支障もなくマニラ水道の水が供給されていることも、店舗展開に拍車がかかる要因かもしれない。

今後も私が知りうる限りでは、新日本レストランンの開店予定という話が2~3店舗有るという噂を聞いている。韓国や他国のレストラン、フィリピン料理のレストランなども含めるとまだまだ増えていくのだろうな・・・・
そういう意味では確かに生き残りをかけたサバイバルゲームがここでは展開されているという事になるだろう。




 

カラマレス・フリートスと天ぷら

フィリピン人の大好きな料理に天ぷらがある。
ここでは天ぷらという名称は、海老の天ぷらが一般的となっている。
私達が描く天ぷらは旬の野菜や魚介類を粉を付けて揚げるという意識があるが、天丼など多種類の天ぷらを丼の上に乗せる料理があるが、天丼というオーダーでこれを出すと、時にこれは違うというクレームが入る場合が有る。
此方では前述のように海老の天ぷらが天ぷらだという名称が一般的だからである。

天ざるそば
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一方此方にもその天ぷらに似た手法の料理が存在する。
それは「カラマレス・フリートス」というスペインが発祥のイカのリングフライであるが、これは酒の肴として、酒を出す店には必ずと言ってほど置いてある。

カラマレス・フリートス
カラマレス・フリートス

そもそも揚げ物はフィリピンでは大人気で、フライドチキンを初め、生の魚は粉も付けずにそのままフライパンに多めの油を引きそのまま揚げ焼きにする料理などが一般的なおかずとなっている。

天ぷらという名前の由来は多く方もご存知の筈であるが、ポルトガル語のTempoloという料理が天ぷらになったという説が定番となっているようである。

ここの国では揚げ油には大概の場合はココナッツオイルが使用されるが、カラマレスの本家スペインではピュアオリーブオイルを使用して揚げるのであろうと思われる。

人によってはココナッツオイルの臭いが鼻につくという人もいるが、その場合は若干高価であるが、大豆油やコーン油を使えばある程度の臭いは抑えられるようである。

それにしても日本の天ぷらはフィリピンでは即ち海老の天ぷらというイメージはもはや定説となっており、此方で天ぷらというメニューを出す場合は、別途でミックス天ぷらという注意書きを入れなければならない事が必須となっている。





 

若年出産そして・・・

若年出産これはフィリピンでは珍しくないが、おまけに父親がいないシングルマザーの割合も多い。
先日店で雇い入れている従業員から連絡があり、
「子供が病気になったので休ませて下さい」
という内容であった。

そもそも年齢がまだ20歳そこそこのその娘だが、子供の年齢が5歳だそうである。
此方じゃお決まりのパターンで、亭主はいない。
普段子供は本人の妹が面倒を見ているとのことだが、大概身内の病気に付き物なのが前借りである。

薬を買うで済めばいいが、病院に入院したなど言うことが有ると大騒ぎして入院費を工面し回る。
今回の病気というのは、正確には病気ではなく、子供同士で遊んでいて、鼻の中にプラスチックの
ボールが入ってしまい取れなくなったとのことで、そりゃ親にしてみれば心配なわけである。

此方の娘たちは若年で出産をし、子供の父親とは別れてしまうケースが多く、まだ若い身空の彼女たちには
大概はまた新しい亭主が出来る。
亭主ならまだいいが、ボーイフレンドという段階で子供を出産、その後はまた別れてしまい、同じく代わりを又探す。

そんなこんなで父親の違う子供が瞬く間に増えて、兄弟全員が父親が違うなどというケースも珍しくない。
庶民の暮らしの中で家計のやりくりの下手さ加減もあるが、そもそも人生計画などは何もなく、行き当たりばったりの人生、それでも夢は大きな家に住みメイドを何人も使って暮らすことなんて言う人が多い。

目標は大きなほど良いと思うが、そこまで行くには過程というものが存在する。
今現在子供を何人も抱えて、暮らし向きもままならない状況で、どうやって夢を達成するのだろう。
いつか彼女らに聞いた事がある。

「何をどうやったら、金持ちになれるの?」
という内容だったと思うが、その時の答えはこうである。

「兎に角いい仕事を探してお金を貯めて家を買う、それが駄目だったら日本に出稼ぎに行きたい」
という答だったと思うが、当時はまだ日本にタレントさんが飛んでいる時代で、余程羨ましく華やかに見えたのかもしれない。

今も日本を稼げる国として見ていることには変わりがないが、日本に行くことは難しい現在、最近では中東に飛んでいる人達もいるが、家族がアメリカやカナダにおり、そこを頼って海外に行く事が、即ち金持ちへの最短距離だと思っていることには変わりがないのだろうな・・・。

フィリピンで金持ちになることを夢見て、そのお金は海外で稼ぎ出すことを最良とするこの国って将来は有るのかななんて、余計な心配をする私である。



 
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