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英雄色を好む

大家族と言っても私の場合ではないが、フィリピンでは一族ごとに分類すると本当に大家族の家系が多い。
先だっての記事で従兄弟や又従姉妹の果てまで家族という言い方をするという内容だったが、これは先ほど聞いた話である。

例えば家族の中で政府の関係で選挙に出る場合がある。
フィリピンの場合同じ名字を名乗っている場合、何がしかの関連が有り、その一族を纏めたら相当な人数になる筈である。

その場合票集めのための大家族、即ちわざと子沢山にし、一族からの票を集めやすいというのである。
ただ単に子沢山のファミリーもいるであろうが、そこのファミリーの家長が票をここに入れろと言うと、かなりの確率で票を集められるということである。

カミさんに聞いて見たが、彼女の田舎レイテ島のとある街では、そこの住人の大半が同じ姓を名乗っている地区もあるそうである。 確かにピラミッドの頂点にあるその苗字がピラミッドの底辺になると相当の人数に膨れ上がっている。
そういう風に考えると、そのファミリーが大きければ大きいほど、勢力が強いということに繋がる。

「英雄色を好む」という言葉があるが、これは満更一理あるのではないのか・・・・・・・・
色を好むのその裏側には、自分の勢力を拡大、即ち愛人を沢山作り子供を産ませる。
考えてみればこれは何処の国でも同じことであり、中近東のハーレム、日本の大奥などもそうであるが、女性を沢山確保し、そこに自分の子孫を残していく。
それが本流であろうが、支流であろうが、それは自分の子孫には違いないわけで、飽くまでも自分の分身なのである。

現在のフィリピンの政治家たちはスペイン系の家系、中国系の家系がもいるが、スペイン統治下に置いては、自分の勢力を誇示するには確かに領地の広さもあったであろうが、何よりもファミリーの大きさが物を言ったのではないのか、想像の域を出ないが、若しかしてそういう先祖からの教えは今でも脈々と続いているのでは無かろうか・・・・・

今の日本では核家族化に伴い、少子化現象が進んでいるが、権力争いが激しい国程そうした自分の血筋を増やそうとする傾向があるような気がする。
まあこれは野生動物の世界でも同じことで、雄はいかに自分の子孫を増やそうとしているかのごとく、励んでいるようにみえる。

決してフィリピンが野生に近いと言っているわけではないが、そうした子沢山はやはり元来動物の持つ本能がそうさせるのではなかろうかなどとも想像している。

因みに先ほど話題に出ていた某フィリピンの政治家には、愛人が8人その愛人との間に更に7~8人の子供がおり、これが又子供を増やしていく、鼠算ではないが、最後にその一族はどれだけ大ファミリーになっていくのか、相当の人数になる筈である。
その政治家か他界した際には体育館一つでも入りきれないほどの、所謂ファミリーの人間で埋まり尽くしたそうである。





 
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同郷のよしみ

我々が接しているフィリピン人、いつも不思議に思っていたが、生まれ故郷によって言葉は勿論、生活習慣ですら開きがある。 生活のベースがマニラなので、タガログ族という人達が殆どかと思えば、これがそうでもない。

特に私の周りにはビサヤ族やセブアノ語を話すセブアノ族が意外と多い。
彼らは同郷同士だとビサヤ語で話す事が多いが、話を聞いているだけでビサヤ語だとは理解するが、意味は殆ど解らない。 

よくよく考えてみると店を始めてからカミさんが従業員を纏める場合が多いのだが、ビサヤ出身の彼女の周りには、やはりビサヤ出身者が多い。
過去に北の方の出身者でイロカノ族と言われる人達も務めたことがあったが、直ぐに辞めてしまい、長続きしない傾向がある。 これは恐らくビサヤ出身者とイロカノでは生活習慣や言語が違うせいもあるのだろう。 生まれは地方出身だが、マニラで育った人達は殆どがタガログ語会話しか出来ないが、そのタガログ族もまた長続きしないような気がする。

何が言いたいかと言えば、要は職場においても生まれ故郷である出身者で固まるという気がする。 確かに外国人の私でも判るほど性格や癖が違うというのが分かるが、これだけ言語の種類の多いフィリピンでは北部の出身者と南部の出身者とでは話す言語が全く違い、唯一共通語であるタガログ語ですら話せない人間もいた。

レイテ島のオルモック市出身のカミさんが話す言語はビサヤ語であるが、ビサヤ地方の人間であれば、イロンゴと呼ばれるヒリガイノン族やサマール地方出身のワライ族、ビコール地方のビコラノ族とはかなりの共通した言語があるようで、一派一絡げでビサヤ地方出身者としてある程度気が合う部分もあるようである。

カミさん曰く、初めてマニラに来た当初は、タガログ語が上手く話せず、仕事をするのにも困ったそうである。 私の店にも地方から出てきたばかりの人が面接に来る場合があるが、同じフィリピーノ同士でもタガログ語が理解出来ずに、ウェイトレスとしての注文聞きですら難しい場面もある。
もっとも学校でタガログ語は習っている筈であろうが、どこまで理解しているのか本人でなければ判らないが、おかしな話であるが私が面接する際には必ず

「タガログ語は分かりますか?」

という質問をする。

他人が聞けばフィリピンに住んでおりタガログ語が解るかという質問を奇妙に思うだろう・・・・
しかし実際に現場ではお客さんはタガログ語で物を聞くし、それが理解できないで的外れの答えをされても仕事にならない。 ただ面接の際は大概は「理解できますし話せます」と答えるが、実際には解らない人間も過去には何人もいた。

マニラに出てきてタガログ語が理解できない上に、聞いたことも見たこともないような日本食のメニューなど理解する筈もなく、自分から身を引いて行くようなケースが多い。
現状が無職で仕事が欲しいが故に面接に来るのであろうが、あまりにも違いすぎる自分の育った世界が故に自分で身を引くという場面は何度もあった。

以前にフィリピン人は土地に着かず、人に着くというという記事を書いたことがあったが、今考えてみるとそれは満更外れている訳ではないような気がする。 人の家を尋ねるのに道で歩いている人に聞くと、私はここの者じゃないので分らないと正直に言うのはまだ良い方で、知らないのに当てずっぽうの答えをする人もいる。

地方から出てきてその場所の地理など分かる筈もなく、しかも中にはタガログも解らない人もいたのかもしれない。 恐らく覚えているのは自分の身内を訪ねてくる人達にとっては、土地の名前などどうでもよく、自分の身内が住んでいる場所さえ分かれば良いということなのだろう。

ここの人達は行き先を人に尋ねるということをしない。 その裏には自分が地方出身者で地理を知らないということを恥じている場合もあるようだ。 同じようなケースで車のドライバーでも道を知っていることが運転が上手いということ繋がるような場面もある。 我々が思うところの運転が上手いとはいささか意味合いが違うという気がするが、フィリピンでは技術よりも道順を知っているのが運転が上手いということなのだそうである。

本題に戻ると、自分の話せる言語、習慣などが同じ地方出身者で固まる理由が解る気がする。 そう考えてみれば日本在住のフィリピン人達も同じ田舎同士で纏まっていたような気がする。


 

名前で分かるフィリピーノ

面白い記録を見た。
フィリピン人の全てはアピリードというファミリーネームを持っている。
フルネームになると必ず母方の姓を名乗るミドルネームがつくことになる。

確か以前に何かの申請の時にミドルネームのない我々日本人であるが、そんなことはお構いなしにミドルネーム記入の義務があると言われたことがある。
仕方なしに母方の姓の頭文字を無理やり書きこんだ覚えがある。

以前に知り合いの方のブログでこのファミリーネームについて記事が投稿されているのを読んだことがある。
タガログを多少理解できる方ならこの苗字何か面白いと気づくはずであるが、本当に興味深い。
Barrometro(バロメーター)、Biglang-Awa (急に可愛そう)、Caldero (鍋)、Catacutan(怖い出来事)、Cawayan(竹)、Dahil-Dahil(だから、だから)、Dahilan(~のせいで)、Galit (怒る)、Guinto(金)、Loshang (老けた)・・・・・・・・・等々こんな意味の苗字を普通付けるであろうか・・・・・ 明らかに後から付けて苗字だと言うのがよく判る※Wikipedeia引用
Filippino Name このWikipediaには非常に細かく解説されている。

その他に古くから居る華僑の名前があるようだが、そもそも名前の由来などは考えたこともなかったが、若しかしてフィリピーナ達が本名を使わずにニックネームを人に教えたがるのはそのせいか・・・・などと考えたりしている。
確かにファーストネームも聞きなれない名前の人が多いわ・・・・・・・。

日本の苗字の人もいるのね・・・・・・初めて分かった事実である。








 

誘われて・・・・

The Slum



先日お客さんに誘われて、所謂ローカルのKTVと呼ばれる場所に飲みに行ってきた。
ここに住みだして忘れるほど時間が経つが、その間何度その手の店に行ったかは数えきれない。
しかし感じたことは、今も昔も変わりないというのは、そこで働く女性たちの生活感である。

若い女性がお客さんの接待役として同席する訳だが、彼女らのお決まり文句は、
「一杯頂いてもいいですか?」
ということからスタートする。

その後は店によっては彼女らの飲み物が無くなると自動的にボーイが追加で持ってくる店もあるし、
もう一本ずついいですかと聞いてく店もある。

よくよく聞いてみると彼女たちのその日の稼ぎはお客さんから自分に提供される飲み物のコミッションだけなのである。
それでは必死で飲み物を飲み干す訳である。
若い女性がそれほど必死で店に出てきて稼ごうとする理由は、大概が子持ちのシングルマザーが多いからである。

話の中で子供のミルク代がないからとか、住まいの家賃が払えないとか、電気代が払えないとか、様々な世間話をしながら酒を飲むわけであるが、フィリピンという国にいない頃、日本にいるころの話であるが、今考えると同じような内容の話をしながらフィリピーナと飲んでいたような気がする。

他に選択肢がない場合、私は思うに皆目先のお金欲しさに、というより必要に迫られて稼ぎに出る、これは普通の人間であれば当たり前のことであろう。
ただ、今ここで国政の話をしても仕方ない、つまりは話題にも上らないほどの諦めと、今の暮らしが切羽詰っている状態ということなのだろう。

楽しみで行っているKTVでまさか、電気代や彼女たちの子供のミルク代の話を聞きながら酒を飲もうとは思わないが、現地の言葉タガログ語を理解できるということは、そういうことなのだと改めて実感した次第である。
兎に角想像を絶した貧しさとの隣り合わせの人生、正にそこにこそフィリピンの貧困層の実態がある気がしてならない。

我々外国人がその深い悪循環の渦に踏み込んだとしても、どうしてみようもないのも現実であるし、その席だけの繕った楽しさを満喫する方が無難なのだと改めて感じた日でもあった。
今から25年前に初めてフィリピンに来た時と今の状況は何ら変わりないのではなかろうか・・・・

考えてみればここ10年以上そうした店に好んで行かなくなったのは、そういう現状を目の当たりにしながら飲むのが嫌になったという潜在意識が働いたせいなのかもしれない。
又暫くそうした店には足を運ぶことが無くなりそうである、というのはフィリピンの庶民を決して見下す訳ではないが、そこに拘わったら自分の器量ではどうしようもない世界がそこにあるからなのかもしれない。






 

Windowsアップデート

最近OSのアップデートをする度にPCに不具合が起きる。
何故なのだろう、今まではこんなことは無かったのだが、それが故に自動更新を手動に設定している。

タブレットやスマートフォンが主流でPCを使う方が減っているというのが、最近の動向らしいが、
やはりPCはどうしても必要な私である。

その信頼していたOSに不具合が出ると、それを修復するためにかなりの時間を要する。
有償でOSを提供するMS社であるが、自社の提供するアップデートで不具合、それは無いだろう・・・・

間もなくWindws10へのアップグレードが無償で提供されるとのことであるが、MS社のOSのシェアが大半のPC、
何か今までの盤石の態勢に変化をきたしていると思うのは私だけか・・・・・


 

血は水よりも濃い

以前から感じることであるが、フィリピンのライフ・スタイルについてである。
婚姻関係にある夫婦、勿論普通の人はある程度の年齢になると伴侶を持つことになるが、
生活を共にするパートナーは女性であれば夫、男性であれば妻ということになるが、稀に相手が同性の場合もある。
それはさておき結婚生活の中で結婚相手に対する考え方であるが、血縁者とは一線を引く関係のようである。

例えば娘に夫がいるとする。その夫は娘の夫であり自分のファミリーの血縁者には成り得ないというのが実感である。
タガログ語で家族側から使う言葉で娘の亭主や息子の嫁は「Manugang 」
この言葉の意味合いは日本のように単に義理の息子とか義理の娘とかという言葉とは大きな意味あいの違いがある気がする。これが他人の立場からの呼び名となると、息子の嫁であれば「Hipag」、娘の婿は「Bayaw」として表現される。

フィリピン人との会話の中で話題なるのは、「私の娘は日本人と結婚して今日本にいる、結婚相手の名前はSuzukiという名前だが知っているか?」という質問を受けることがある。
苦笑いしながらその場の対応に困る場面でもあるが、彼らにとってはSuzukiというのは一般的な姓だという意識はない。
自分の「Manugang 」がSuzukiという姓ならそれで日本人は皆知っていかの如く質問してくる。

話は逸れたが例えば相手が外国人であろうがフィリピン人であろうが、娘の亭主はあくまでも「Manugang」であり、そこの娘の嫁ぎ先に行った際でも、一番偉いのは親だという風潮があるようである。
婿や嫁の立場から義理の親の呼ぶ名称は「ベナン」という言葉があるが、綴りが判らないのでカタカナで書いた。

何れにしてもフィリピンでは妻を娶ろうが夫を持とうが、血の繋がりの意識は強く、一生亡くなるまでその繋がりは消えない。 職場に務めていても、親が病気になったりすると一大事とばかり職場を放棄して向かう場合もあり、その為には仕事を失っても駆けつける場面も多く見受けられる。

ところがこれが自分の夫や嫁となると、これは又違うようで、その場合は結婚相手の家族に依存する場合が多いというのがここフィリピンのスタイルのようである。
よく耳にするのはフィリピン人の妻を持った方が愚痴をこぼす場合がある。

「いつも家族のことばかり気にして、家のことより優先だ!」
という言葉を聞くことがあるが、これが自分の血縁となる子供に関してのこととなると、最優先になるが、夫や妻という話になると、血縁より後回しになるというのが多いように思われる。

それがフィリピンの大家族主義と言われる所以なのかもしれないが、一族郎党(亭主や妻は抜き)に囲まれて一生を終えるのがここの国のライフスタイルなのかもしれない。
そうではないと思われる方もいらっしゃるかも知れないが、これはあくまでも、私の主観であって全く違う立場の方もいらっしゃると思う。





 

日本との繋がり

ここのところ日本の食材が容易に手に入るようになった。
飲食店を始めた当初はこちらで材料を求めるのに苦労したものであるが、現在では手に入らないものは無いぐらい充実している。

フィリピン関連の人たちで、担ぎ屋さんという商売をしている人達がいる。 彼らは週に2~3度日本に仕入れに行く。
この商売がリーガルかイリーガルなのかという話は別として、日本の食材やら必要な物を運んでもらうには非常に重宝である。

この手の担ぎ屋さんがこちらに住む邦人にとっては、今では無くてはならない存在になりつつあるのも事実かもしれない。
彼らが日本に行くまでの間に必要な物をオーダーしておく、そうすると例えばハマチの刺身用の一本物が欲しいとなると、彼らは日本の築地の御用達の市場に注文し、当日の午後にはフィリピンに到着している。

昔の事情から考えると大違いに便利になったものである。
先日も真鱈の白子が旬であるという時期に注文したが、日本の品質そのままであるから、メニューに加えたのを見たお客さんも驚いたようである。

ここ最近注文して好評だったのは日本のフルーツである。
イチゴから始まり、桃や柿葡萄などを注文したことがあるが、入ったその日に完売になるほどの人気であった。
確かにフィリピンも新鮮なフルーツが沢山有り美味しい物も沢山ある、しかし日本のフルーツの場合それが出てきたから季節を感じるという役割もある気がする。

食材だけではなく、小物の部品やらパーツ類、小型の家電品や書類まで運んできてくれる。
昔からフィリピンに住んでおられる方は知っていると思うが、今から20年前と比較すると雲泥の差である。
しかしこの商売。彼らも空港での葛藤はあるようで、輸入の禁制品や薬物に関する規制などもあるために、かなりシビアな状況でそこをいかにクリアするかが最重要のポイントのようである。

そもそも「担ぎ屋」という商売は昔からあった商売であり、山間地や離島に食料や生活必需品を担いで供給していた人たちもいたそうである。
因みに「担ぎ屋」という言葉には他にも意味があるようである。
1 縁起をひどく気にする人。御幣(ごへい)かつぎ。
2 人をだますのを得意にしている人。
3 食料などを生産地から担いで来て売る人。特に第二次大戦後、闇物資を地方から都市へひそかに運んで売った人。

我々が利用しているのはもちろん3番目の人達である。






 

アクシデントは避けられない

前回の記事とも関連があるが、フィリピンでの車の運転、日本の場合と違い公道を走る場合人が多く歩いているのは周知の事実ではあるが、そこに又バイクの数の多さがこれまた気になる。
そこにはトライシクルやパジャックなどが道路に溢れており、この乗り物を常に気にしながら走るということが必要不可欠である。

仮に此方が乗用車に乗っていたとして、ゴミゴミした道を走っていて、パジャックやトライシクルに擦られ傷がつたとしよう・・・正直彼らには損害賠償する能力は無く、当てられ損という形なる方が多い。
乗用車同士の事故でもそれは言えることで、大概は運転手は雇われで、車の持ち主は運転手のせいにせざるを得ない。
そうなると薄給で働く彼らは途方に暮れ、しまいには仕事を辞めてしまう。

それと保険を使って直す場合なども保険が出てくるまで3か月もかかる場合が有る。
事故にあった車がそのまま凹んだ状態で走っているのを良く見かけるがそういうことなのだ。
事故の相手がジプニーやトライシクルだとほぼ間違いなく修理費の請求をしても、もらえない場合が多いだろう。

ここの所マニラ市内だけではなく、各地域にバイクを足にする人たちが増えている。
というより増えすぎているという感じは否めない。
このバイクも又、頭金が僅かで買えてしまうものだから、増えに増え続けている。
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公道を車で走っていると隙間を縫ってまるでゴキブリのようにバイクが走り回る。
彼らの運転は予測不能の動きをするので、車に接触するケースも多いようだ。
これまた同じで相手がぶつかって来ようが、それは修理代を請求するにはかなりの困難が待ち受けている。


そうした状況の中での車の運転は外国人はなるべく避けた方が利口とも言えるのかもしれない。
決して見下しているわけではないが、何せ道路上はそうした人たちで溢れかえっているといっても過言ではないだろう。
フィリピンでも富裕層の人たちは一軒で何台もの車を所有する人たちも少なくない。
しかし富裕層だけに大概はお抱えドライバーに運転をさせているので、事故の際はドライバーを含めた車の持ち主との交渉になるが、車のダメージの弁償はドライバーの給料から天引きになることが殆どではなかろうか・・・・・

いずれにしてもこれだけは言える、車を所有している邦人の方たちは自分で運転しようがドライバーを雇おうが事故に巻き込まれた場合は結果は同じだが、こちらが日本人だと判ると、相手が悪くても日本人だから相手が可愛そうなので相手の車の修理代も払ってくださいというケースも良く耳にする。

皆様運転される方もドライバーを雇っている方もくれぐれも注意をいたしましょう。
そうしたリスクを背負って車に乗るのも、これまた現実のフィリピンである。
ここに書いたのは全てが当てはまる訳ではないが、そうしたケースが多いということである。





 

混雑と同居

自分にとっては見慣れた風景で生活と密着した風景であるが、こういう道路はメトロマニラ市のメインロード以外では珍しくなく、一般的と言っていいだろう。
市販の乗用車が増えたとはいえまだまだ一般庶民はパッセンジャー・ジープやトライシクルやパジャック(サイドカー付自転車)を利用するのが圧倒的に頻度が高く、それが普通と言えば普通なのである。
パジャックとは蹴るという単語でタジャックという言葉があるが、そこから来た言葉のようである。
成程自転車はペダルを蹴って漕ぐ訳であるから、上手くネーミングしたものだと感心させられる。

※パラニャーケ市にて
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※パラニャーケ市にて
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こうした道路にはみ出す露店、特に年末には数が増すが、公道上に店ががはみ出していても、その脇を普通にすり抜ける車、もちろん店が出ているということは人もそれだけ出ているということである。
人と出店とジプニーやトライシクルの間をすり抜けて走らなければならない。
メイン道路以外の市街地の中の道路はメトロマニラ市内ではこの風景は普通である。

※ラスピニャス市にてトライシクル工場
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トライシクルの製造工場だが次から次と作り続ける新車??いや新車のバイクに取り付けるのだから新車には違いない。
毎日この仕事に携わる板金工場の人たちは一台仕上げるのにどれぐらいの日数をかけるのだろう・・・・
見ていると一枚の金属板に展開図をけがいて切り出し、それを曲げながらアッセンブリして行くわけだから、やはり板金技術が物を言う訳である。

フィリピンや他のアジア諸国向けに製造されるバイクは横に客車用のサイドカーを取り付けるのを想定した設計になっているとどこかで聞いた覚えがある。
言われてみれば確かにこちらで販売されているバイクは日本では一昔前の形であり、排気量も日本の物と比較するとプラス何ccかの排気量の物が多い。

日本のメーカーのバイクが圧倒的に多いが、時にチャイナ製のバイクも見かける。そもそも毎日乗客を乗せて酷使する訳だから、日本製のバイクの持ちはチャイナ製のこちらでは「ディスポーサブル」と皆が言うほど寿命の短さであるが、価格も日本のブランドのバイクの7割程の値段で買えるようであるが、エンジンのパワーや燃費や丈夫さを考えると高いように思うのは私だけであろうか・・・・・


※娘の通学道路
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毎日送迎するのに使用する道路であるが、堂々と道路の真ん中をトライシクルやパジャックが走っている。プライベートスクールに毎日子供を送迎するのにこのトライシクルやパジャックと月極めで契約している場合も多い。
月極め契約でそれだけの料金を払うのであるが、車で送迎するのと比較するとどれだけ経費に違いが出るのだろう・・・

恐らく自家用車で送迎する方が高くつくのではと想像する自分である。
因みに一か月の契約がトライシクルで3,000ペソ程だった記憶があるが、パジャックではどれくらいになるのだろう。

いずれしてもこのような混雑するべくしてなる状況が未だにフィリピンでは日常であり、それに慣れてしまっている自分がそこにいる。


 
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