スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 

血は水よりも濃い

以前から感じることであるが、フィリピンのライフ・スタイルについてである。
婚姻関係にある夫婦、勿論普通の人はある程度の年齢になると伴侶を持つことになるが、
生活を共にするパートナーは女性であれば夫、男性であれば妻ということになるが、稀に相手が同性の場合もある。
それはさておき結婚生活の中で結婚相手に対する考え方であるが、血縁者とは一線を引く関係のようである。

例えば娘に夫がいるとする。その夫は娘の夫であり自分のファミリーの血縁者には成り得ないというのが実感である。
タガログ語で家族側から使う言葉で娘の亭主や息子の嫁は「Manugang 」
この言葉の意味合いは日本のように単に義理の息子とか義理の娘とかという言葉とは大きな意味あいの違いがある気がする。これが他人の立場からの呼び名となると、息子の嫁であれば「Hipag」、娘の婿は「Bayaw」として表現される。

フィリピン人との会話の中で話題なるのは、「私の娘は日本人と結婚して今日本にいる、結婚相手の名前はSuzukiという名前だが知っているか?」という質問を受けることがある。
苦笑いしながらその場の対応に困る場面でもあるが、彼らにとってはSuzukiというのは一般的な姓だという意識はない。
自分の「Manugang 」がSuzukiという姓ならそれで日本人は皆知っていかの如く質問してくる。

話は逸れたが例えば相手が外国人であろうがフィリピン人であろうが、娘の亭主はあくまでも「Manugang」であり、そこの娘の嫁ぎ先に行った際でも、一番偉いのは親だという風潮があるようである。
婿や嫁の立場から義理の親の呼ぶ名称は「ベナン」という言葉があるが、綴りが判らないのでカタカナで書いた。

何れにしてもフィリピンでは妻を娶ろうが夫を持とうが、血の繋がりの意識は強く、一生亡くなるまでその繋がりは消えない。 職場に務めていても、親が病気になったりすると一大事とばかり職場を放棄して向かう場合もあり、その為には仕事を失っても駆けつける場面も多く見受けられる。

ところがこれが自分の夫や嫁となると、これは又違うようで、その場合は結婚相手の家族に依存する場合が多いというのがここフィリピンのスタイルのようである。
よく耳にするのはフィリピン人の妻を持った方が愚痴をこぼす場合がある。

「いつも家族のことばかり気にして、家のことより優先だ!」
という言葉を聞くことがあるが、これが自分の血縁となる子供に関してのこととなると、最優先になるが、夫や妻という話になると、血縁より後回しになるというのが多いように思われる。

それがフィリピンの大家族主義と言われる所以なのかもしれないが、一族郎党(亭主や妻は抜き)に囲まれて一生を終えるのがここの国のライフスタイルなのかもしれない。
そうではないと思われる方もいらっしゃるかも知れないが、これはあくまでも、私の主観であって全く違う立場の方もいらっしゃると思う。





 
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。