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誘われて・・・・

The Slum



先日お客さんに誘われて、所謂ローカルのKTVと呼ばれる場所に飲みに行ってきた。
ここに住みだして忘れるほど時間が経つが、その間何度その手の店に行ったかは数えきれない。
しかし感じたことは、今も昔も変わりないというのは、そこで働く女性たちの生活感である。

若い女性がお客さんの接待役として同席する訳だが、彼女らのお決まり文句は、
「一杯頂いてもいいですか?」
ということからスタートする。

その後は店によっては彼女らの飲み物が無くなると自動的にボーイが追加で持ってくる店もあるし、
もう一本ずついいですかと聞いてく店もある。

よくよく聞いてみると彼女たちのその日の稼ぎはお客さんから自分に提供される飲み物のコミッションだけなのである。
それでは必死で飲み物を飲み干す訳である。
若い女性がそれほど必死で店に出てきて稼ごうとする理由は、大概が子持ちのシングルマザーが多いからである。

話の中で子供のミルク代がないからとか、住まいの家賃が払えないとか、電気代が払えないとか、様々な世間話をしながら酒を飲むわけであるが、フィリピンという国にいない頃、日本にいるころの話であるが、今考えると同じような内容の話をしながらフィリピーナと飲んでいたような気がする。

他に選択肢がない場合、私は思うに皆目先のお金欲しさに、というより必要に迫られて稼ぎに出る、これは普通の人間であれば当たり前のことであろう。
ただ、今ここで国政の話をしても仕方ない、つまりは話題にも上らないほどの諦めと、今の暮らしが切羽詰っている状態ということなのだろう。

楽しみで行っているKTVでまさか、電気代や彼女たちの子供のミルク代の話を聞きながら酒を飲もうとは思わないが、現地の言葉タガログ語を理解できるということは、そういうことなのだと改めて実感した次第である。
兎に角想像を絶した貧しさとの隣り合わせの人生、正にそこにこそフィリピンの貧困層の実態がある気がしてならない。

我々外国人がその深い悪循環の渦に踏み込んだとしても、どうしてみようもないのも現実であるし、その席だけの繕った楽しさを満喫する方が無難なのだと改めて感じた日でもあった。
今から25年前に初めてフィリピンに来た時と今の状況は何ら変わりないのではなかろうか・・・・

考えてみればここ10年以上そうした店に好んで行かなくなったのは、そういう現状を目の当たりにしながら飲むのが嫌になったという潜在意識が働いたせいなのかもしれない。
又暫くそうした店には足を運ぶことが無くなりそうである、というのはフィリピンの庶民を決して見下す訳ではないが、そこに拘わったら自分の器量ではどうしようもない世界がそこにあるからなのかもしれない。






 
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