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同郷のよしみ

我々が接しているフィリピン人、いつも不思議に思っていたが、生まれ故郷によって言葉は勿論、生活習慣ですら開きがある。 生活のベースがマニラなので、タガログ族という人達が殆どかと思えば、これがそうでもない。

特に私の周りにはビサヤ族やセブアノ語を話すセブアノ族が意外と多い。
彼らは同郷同士だとビサヤ語で話す事が多いが、話を聞いているだけでビサヤ語だとは理解するが、意味は殆ど解らない。 

よくよく考えてみると店を始めてからカミさんが従業員を纏める場合が多いのだが、ビサヤ出身の彼女の周りには、やはりビサヤ出身者が多い。
過去に北の方の出身者でイロカノ族と言われる人達も務めたことがあったが、直ぐに辞めてしまい、長続きしない傾向がある。 これは恐らくビサヤ出身者とイロカノでは生活習慣や言語が違うせいもあるのだろう。 生まれは地方出身だが、マニラで育った人達は殆どがタガログ語会話しか出来ないが、そのタガログ族もまた長続きしないような気がする。

何が言いたいかと言えば、要は職場においても生まれ故郷である出身者で固まるという気がする。 確かに外国人の私でも判るほど性格や癖が違うというのが分かるが、これだけ言語の種類の多いフィリピンでは北部の出身者と南部の出身者とでは話す言語が全く違い、唯一共通語であるタガログ語ですら話せない人間もいた。

レイテ島のオルモック市出身のカミさんが話す言語はビサヤ語であるが、ビサヤ地方の人間であれば、イロンゴと呼ばれるヒリガイノン族やサマール地方出身のワライ族、ビコール地方のビコラノ族とはかなりの共通した言語があるようで、一派一絡げでビサヤ地方出身者としてある程度気が合う部分もあるようである。

カミさん曰く、初めてマニラに来た当初は、タガログ語が上手く話せず、仕事をするのにも困ったそうである。 私の店にも地方から出てきたばかりの人が面接に来る場合があるが、同じフィリピーノ同士でもタガログ語が理解出来ずに、ウェイトレスとしての注文聞きですら難しい場面もある。
もっとも学校でタガログ語は習っている筈であろうが、どこまで理解しているのか本人でなければ判らないが、おかしな話であるが私が面接する際には必ず

「タガログ語は分かりますか?」

という質問をする。

他人が聞けばフィリピンに住んでおりタガログ語が解るかという質問を奇妙に思うだろう・・・・
しかし実際に現場ではお客さんはタガログ語で物を聞くし、それが理解できないで的外れの答えをされても仕事にならない。 ただ面接の際は大概は「理解できますし話せます」と答えるが、実際には解らない人間も過去には何人もいた。

マニラに出てきてタガログ語が理解できない上に、聞いたことも見たこともないような日本食のメニューなど理解する筈もなく、自分から身を引いて行くようなケースが多い。
現状が無職で仕事が欲しいが故に面接に来るのであろうが、あまりにも違いすぎる自分の育った世界が故に自分で身を引くという場面は何度もあった。

以前にフィリピン人は土地に着かず、人に着くというという記事を書いたことがあったが、今考えてみるとそれは満更外れている訳ではないような気がする。 人の家を尋ねるのに道で歩いている人に聞くと、私はここの者じゃないので分らないと正直に言うのはまだ良い方で、知らないのに当てずっぽうの答えをする人もいる。

地方から出てきてその場所の地理など分かる筈もなく、しかも中にはタガログも解らない人もいたのかもしれない。 恐らく覚えているのは自分の身内を訪ねてくる人達にとっては、土地の名前などどうでもよく、自分の身内が住んでいる場所さえ分かれば良いということなのだろう。

ここの人達は行き先を人に尋ねるということをしない。 その裏には自分が地方出身者で地理を知らないということを恥じている場合もあるようだ。 同じようなケースで車のドライバーでも道を知っていることが運転が上手いということ繋がるような場面もある。 我々が思うところの運転が上手いとはいささか意味合いが違うという気がするが、フィリピンでは技術よりも道順を知っているのが運転が上手いということなのだそうである。

本題に戻ると、自分の話せる言語、習慣などが同じ地方出身者で固まる理由が解る気がする。 そう考えてみれば日本在住のフィリピン人達も同じ田舎同士で纏まっていたような気がする。


 
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