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フィリピン家庭料理


最初フィリピンに来た頃に、マニラ郊外であるカビテ州ダスマリニャスという地域にステイしていた。
来たばかりで何もわからない私は此方の食事に随分と戸惑ったものである。
基本的に米飯食であるフィリピンもおかずと飯という形の食事になるが、そのおかずを食べてみて随分と日本とは違うと思ったものである。

料理の名前など解る由もなく、黙って出されたものを食べ続けた思い出がある。
確かに現在に至っても出された料理名や味が全て判る訳ではないが、ある程度の味や名前が判るようになった。
写真で紹介している料理は一般的に家庭で出されている物もあれば、特別な時の料理、トロトロと呼ばれる食堂に鍋が並び、そこでこれと言って指を指し注文する料理などである。

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「Tulo tulo」と言うのは指差すという意味があり、鍋の蓋を空けておかずを指差して注文するから、そう呼ばれるようになったとのことである。
実は私は以前にこの「Tulo tulo」の店をやったことが有り、いくつか鍋を並べて食堂をやっていたが、この商売の欠点はその日に売り切らないと翌日まで持たせることが難しく、一般的には翌日火を通し直して又並べなければならないというリスクが有る。

そうしたリスクを回避するために、「Tapsilog」というおかず一品と目玉焼き、ガーリックライスのセットになった定食屋に変化していったという経緯があった。
何故なら「Tapsilog」はおかずを冷凍保存出来るし、目玉焼きは注文がある度に焼けばいいのである。

そもそもこの手のフィリピン料理中心の食堂はフィリピンでは何処でも有り、アジアの何処の国でもある、屋台風の店がフィリピンの庶民の間では主流になっているようである。

スクァッターと呼ばれる地区に住む住民たちは家にガス設備や冷蔵庫などが無い場合が多く、こうした食堂などからおかずと飯をテイクアウトして家で食べるというパターンが多いようである。


 

先日のタガイタイ~他写真

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先日タガイタイの友人宅へ行った際に携帯電話で撮影した写真であるが、当日は生憎11月に開催されるAPECの会場ともなっている為か、その事前の予備会議お行われるとかで、コミュートの便が悪く、トライシクルは一切排除されており、知人宅まで歩くことになったが「、久しぶりにゆっくりと回りを見ながら歩いた。

その際の写真と他の写真、音楽を組み合わせてアップロードしてみた。
飽くまでもテストであるが・・・・・・・・ 

根本的な部分で違いがある

ここのところ従業員が無断欠勤をする場合が増えた。
彼女たちには休みの前日に欠勤するのと、給料日後に欠勤するのと二パターンがある。
正直自分がいなければ他人に負担がかかるなどという気持ちは毛頭持っていないのではなかろうか・・・
そうした話を現地で工場を持ち数千人規模で雇用している経営者の方に聞いてみても、全く同じだという返事が帰ってくる。

当店のような日給週給の店だと当然勤務した日数分の給料しか貰えないわけだが、受け取る給料が減ることよりも休みが優先するということなのだろう。 ただその欠勤理由は子供が熱を出したとか兄弟が具合が悪いとか、そういう理由が多いのだが、偶然に休みの前日や給料日の翌日に具合が悪くなるであろうか・・・・・・・・
取ってつけたような理由だとは分かるが、子供の病気ならいざしらず、兄弟が病気だという理由は納得がいかない気がするが、大概は共働きではなく妻が仕事していれば夫が無職という家庭も多い。

ということは子供が熱を出しても亭主は何もしないということなのだろうか・・・・・・
いや察するに仕事を持たない亭主は恐らく妻の働いた給料を当てにしており、給料を渡してしまうと、他で金を使ってしまうから、妻も信用してお金を渡さない、結果自分が休む以外に方法は無いということが想像できる。

家庭内の問題には毛頭口を出すつもりはないが、そんな綱渡りのような生活を日々行っているのが現状のような気がする。それにしても職場で迷惑がかかることによって解雇され、収入が途絶えてしまうことを心配しないことが不思議で仕方がない。 中には一日何かの理由で休みをくれと言って休んだはいいが、そのまま一ヶ月も連続で出勤せず、亭主がお使いで様子を見に来て、「明日から務めるそうです」 と伝言しに来るといった馬鹿げたケースも有る。

一月も無断で来ずに自分で「明日から出勤します」と言う神経がまず信じられないが、当然此方では補充要員を雇っているので、来なくていいからずっと休んでいろという対応になる。 そのうちに収入がないと困るということで再度雇ってくれと来るが、そんな人間を二度と雇う職場はある筈がない。

しかしフィリピンの雇用というのはそんなレベルの人間を雇うことも必要に迫られる場合がある。 補充要員で雇った人間が更に酷かったりする場合もあるからである。 先日雇ったウェイトレスであるが、当店のような職場は賄いの時間が一定していない。 お客さんの切れ間を縫って食事をするわけだが、その雇ったばかりのウェイトレスはお腹が空いてとても我慢が出来ないので、辞めさせてくれと2日で音を上げた。

その空いたお腹を満たすのは自分の働いた給料で買う食料ではないのか・・・・・・今お腹が空いたと言っても30分やそこらは我慢するというのが我々の発想であるし、あまり時間が無いようなら、交代で食事することも可能である。 それを我慢できないなら時間のキッチリした縫製工場などなどに務めるべきであると、思った次第である。 

長年同じ商売をやっているが、従業員のこの問題について未だに解決策が見つからない、そこでいちいち気にしていたらストレスが溜まり過ぎるので、又かと受け流す日々が続くが、決して日本人的発想に拘る訳ではないが、余りにも節操のない雇用人達の行動にボヤいて見ただけの記事の投稿である。

因みに同業のフィリピン人経営者と話をしたことがあるが、同じ悩みを抱えているそうである。


 

フィリピンで日本の環境

日頃此方に在住の日本人の方と接する機会が多いので、日本語で話すことにはストレスが無いのであるが、ここのところフィリピンの地元のお客様が増え始めている。
店の作りがカウンター中心で初めは戸惑うようであるが、最近はカウンターに好んで座るお客さんもいる。

カウンターに座ると嫌でも目に入る日本のTV放送、日本の番組をジーっと見入るように視ているフィリピンの方たちはどう思っているのであろう・・・・
そもそもカウンターに座って食事兼飲酒という風習には、慣れていないフィリピンの人達であるが、その雰囲気は伝わるであろうと思われる。

そういう意味ではテーブル席でもカップルだと隣り合わせで座ることが普通のフィリピンの人達に取ってはカウンター席は格好の場所であると勝手にに思う私ではあるが、フィリピンのお店でカウンターに陣取って飲み食いするような店を見たことがない、バーカウンター的なイメージがあるのだろうな・・・・

最近ドラマで放送していた「深夜食堂」という番組をよく思い出すが、カウンター中心で思い出の食べ物と共に人間模様が繰り広げられるドラマである。
あのような雰囲気に持っていければ良いと思うのだが、ここは外国、しかもアジアでも英語を話す国民であるため、このカウンター席をどう受け止めているかはご本人でなければ判らない。



ニラレバ炒めとレバニラ炒め、何処が違うのかということだが、このような会話が毎日カウンターで繰り広げられている。
そういう意味では個人の私生活などを話しながら、周りの人達はその話題で盛り上がる、これが日本の居酒屋のスタイルなのか、要は我々はそういう場所を提供するという役割なのかという気もする。

 

英雄色を好む

大家族と言っても私の場合ではないが、フィリピンでは一族ごとに分類すると本当に大家族の家系が多い。
先だっての記事で従兄弟や又従姉妹の果てまで家族という言い方をするという内容だったが、これは先ほど聞いた話である。

例えば家族の中で政府の関係で選挙に出る場合がある。
フィリピンの場合同じ名字を名乗っている場合、何がしかの関連が有り、その一族を纏めたら相当な人数になる筈である。

その場合票集めのための大家族、即ちわざと子沢山にし、一族からの票を集めやすいというのである。
ただ単に子沢山のファミリーもいるであろうが、そこのファミリーの家長が票をここに入れろと言うと、かなりの確率で票を集められるということである。

カミさんに聞いて見たが、彼女の田舎レイテ島のとある街では、そこの住人の大半が同じ姓を名乗っている地区もあるそうである。 確かにピラミッドの頂点にあるその苗字がピラミッドの底辺になると相当の人数に膨れ上がっている。
そういう風に考えると、そのファミリーが大きければ大きいほど、勢力が強いということに繋がる。

「英雄色を好む」という言葉があるが、これは満更一理あるのではないのか・・・・・・・・
色を好むのその裏側には、自分の勢力を拡大、即ち愛人を沢山作り子供を産ませる。
考えてみればこれは何処の国でも同じことであり、中近東のハーレム、日本の大奥などもそうであるが、女性を沢山確保し、そこに自分の子孫を残していく。
それが本流であろうが、支流であろうが、それは自分の子孫には違いないわけで、飽くまでも自分の分身なのである。

現在のフィリピンの政治家たちはスペイン系の家系、中国系の家系がもいるが、スペイン統治下に置いては、自分の勢力を誇示するには確かに領地の広さもあったであろうが、何よりもファミリーの大きさが物を言ったのではないのか、想像の域を出ないが、若しかしてそういう先祖からの教えは今でも脈々と続いているのでは無かろうか・・・・・

今の日本では核家族化に伴い、少子化現象が進んでいるが、権力争いが激しい国程そうした自分の血筋を増やそうとする傾向があるような気がする。
まあこれは野生動物の世界でも同じことで、雄はいかに自分の子孫を増やそうとしているかのごとく、励んでいるようにみえる。

決してフィリピンが野生に近いと言っているわけではないが、そうした子沢山はやはり元来動物の持つ本能がそうさせるのではなかろうかなどとも想像している。

因みに先ほど話題に出ていた某フィリピンの政治家には、愛人が8人その愛人との間に更に7~8人の子供がおり、これが又子供を増やしていく、鼠算ではないが、最後にその一族はどれだけ大ファミリーになっていくのか、相当の人数になる筈である。
その政治家か他界した際には体育館一つでも入りきれないほどの、所謂ファミリーの人間で埋まり尽くしたそうである。





 
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